ホ・ラ

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 数週間後の昼下がり。何気なくつけたテレビ番組の煽りに、私の目は釘づけになった。 『歌手・小鳥アコ、引退を表明! 理由は『穴あき』か? 質問に“一身上の都合”の一点張り』  ――彼女が辞める。  慌てて外に飛び出した。『バー・空』へ向かう。昼間に行くのは初めてだった。案の定、窓から見た店内は薄暗く、準備中の札が下がっている。けれど、何故かそこから立ち去りたくなかった。迷っていると「お入りなさい」と猫のプレートが言った。ような気がした。  そっと力をかけると、扉は呆気なく開いた。鍵がかかっていない。私はそろそろと、静まり返った店内に身体を滑り込ませた。暗さに目が慣れず何度か瞬きしていると、ステージに倒れている人影が見えた。 「アコさん!」  慌てて駆け寄る。抱き起こした彼女は呼吸も弱々しく、まるで作り物だった。胸はもう殆ど穴だけになっていて、持ち上げた彼女越しに自分の膝が見えた。足元にはあの鳥かごが転がっている。中で小夜啼鳥がうずくまって死んでいた。 「ああ」  彼女は震えるまぶたを大儀そうに持ち上げて、ほんの微かに笑みを浮かべた。 「ごめんなさい。今晩からはもう、歌えないの」  消えそうな声でそう言った彼女の表情は、とても穏やかだった。 「……辞めるんです。随分長い間、すがってきたけれど。でももう、やりきりました。これ以上は、もう」 「そんなこと言わずに、もう少し、もう少しだけ歌ってください。もっとあなたの歌が聞きたい」  必死に彼女の冷たい手を握る。彼女はとても幸せそうな顔をして首を振った。 「ありがとう。あなたに会えてよかった」 「…………」  ああ、彼女の心はもう変わらないのだ。たまらなくなって、うつむき祈るように目を閉じる。  しばらくして目を開けると、彼女の姿は消えていた。
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