ホ・ラ

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 翌日。自然と『バー・空』に足が向いて、そして私は、足元にあったあのささやかな看板が取り払われたことを知った。  私達の隠れ家だった店は、冷ややかな暗い顔をして、興味が他に移ってしまったかのようにそっぽを向いてたたずんでいた。いやそれとも、もう興味を引くものなど、何もなくなってしまったのかもしれない。  裏通りを出て、あてもなく歩き出した。何百、何千もの人々が騒がしく行き来する街からは、もうどこを探しても、小鳥アコの姿を見つけることはできない。もう一つ、穴が増えたような気分だった。  ああ世界には、歌手が、作家が、人が、多すぎる。  右手に目をやる。もう少し、もう少しだけ、私は書き続けよう。穴に食い尽くされるまで、あんな風に穏やかな顔をして「辞めるんだ」と言えるまでは、穴に入れる詰め物をどんどん大きくしながら書こう。そして、何も知らない人がそれを受け取っていくことだろう。  星空を見上げる。あなたに会えてよかった。彼女の一言が、消えてしまった『バー・空』の灯火の代わりに、ぽつんと一つ、私の心に灯った。
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