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奇妙な病気が流行っていた。名を『洞病(Ho-llow Syndrome)』と言う。
ある日突然、何の前触れもなく、身体のどこかに小さな穴があく病だ。痛みはなく、血も出ない。心臓や胃の一部が消えても、何故か身体に支障はない。ただ、穴ができるのだ。身体の中に、身体ではない、何ものでもない空間が現れる異常な病気。原因は不明で、治療方法もない。多くの医師がこの病気を治そうと懸命になってきたが、現在のところ、めぼしい成果はあげられていない。
しかも厄介なことに、その穴は毎日少しずつ、大きくなっていった。一つ一つは目に見えないほどの小さな変化だが、確実にじわじわと進行する。針の先ほどだった穴は指の爪ほどになり、テニスボール大になり、そして頭よりも大きくなる。無事だった部分もどんどん取りこみ、空白の部分を増やし侵食していくのだ。
そして、やがてその人そのものが消え失せる。穴に食われると表現した方が正しいのかもしれない。一度穴があいたら最後、どんな手を尽くしても、どんな人間であっても関係ない。皆等しく穴にむしばまれて、この世から消えてなくなるのだ。
得体のしれない病気。しかもこの病気にかかった人間は『弱る』という噂もあって、穴あき人間は次第に避けられるようになった。自分も同じ姿になってしまったらどうしよう。穴だらけになって消えてしまったらどうしよう。そんな恐怖がきっと、穴あき人間を疎ませ、遠ざけさせるのだろう。
洞病にかかった人間を揶揄する『ホラ人間』という言葉が生まれた。洞病にかかった人は見るのも嫌だと言ってはばからない人間さえ出てきた。穴があく人間は精神に問題があって、それは伝染するのだとまことしやかにささやく『知識人』の声が、情報の海を流れていく。
だから洞病にかかった人間は、自分が患者であることををひた隠しにするしかなかった。穴を隠し、消える恐怖を見て見ぬふりして、日常生活を送ることを余儀なくされている。
私と彼女は、その『洞病』にかかっていた。
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