画餅点心

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 匂いは、宿屋のほうまで続いていたので、迫りくる危機感に緊張が募りつつも、気配を消してそっと宿屋のそばまで寄ってみた。  すると、民家から昨日手負いの私の前を通り過ぎた声聞が出てきた。声聞は、形だけしっかりと合掌すると、背中に大きな行李を担いで言った。  「御主人、この度は、一夜の寝床を提供してもらい、ありがとう」  門の前には、その声聞を見送りに、宿の主人が中から出てきていた。  「いえいえ、商売ですから」  「手作りの晩御飯、美味う御座った。御主人のような料理上手であれば、もっとこの宿も繁盛するだろうよ」  「昨日取ったばかりの狸を捌きました。御満足頂いてありがたい限りです」  「では、また縁あらば」  「お気をつけて」  私は、この場合、どちらが罪深いか、じっくり考えてみた。私の子狸を捕らえて料理した猟師を恨むべきや、それを修行の身のくせして憚りもなく平らげた声聞を恨むべきか。確かに、猟師には悪気はないかもしれない。山里の貧しい生活を維持していくためには、ときには狩猟も必要なことだ。私とて小動物を食べることがあるのだ。  しかるに、声聞はどうか。人から托鉢を受けるのが当たり前になってしまって、たぶんここも格安で宿泊させて貰ったのだろう。仏教修行者は、一切の有情を救うなどと大言を吐くようだが、この体たらくではただの怠け貴族と何ら変わりはない。言葉に嘘があるような声聞が、立派な菩薩様になれるはずは、微塵もないのだ。  私は、声聞の顔をしっかりと眼の裏に刻みつけて、子供の待つねぐらに戻った。そして、私を救った尊い和尚の居る寺社まで、子供を連れて行った。そこで、例のごとく、私は若い女に化けて門を叩いた。  「こんにちは」  すると、中から若い雲水が出てきた。  「どちらさまですか?」  私は、若い雲水の眼の奥を見て言った。  「旅の途中のものですが、親にはぐれた狸の子供を見付けて、見捨てるに見捨てられず、連れて参りました。私が連れて行くことも出来ますが、心ない者により、いつ子狸を奪われ屠殺されてしまうやもしれません。珍妙な申し出ですが、子狸を預かっては戴けないでしょうか?」  若い雲水は、微笑みを湛えて、私の眼を見て言った。  「事情はよく判りました、いま龍潭大師に訊いてみますので、少々お待ち下さい」  そういって、一旦寺社の建屋の中に消えていった。
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