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厳寒の冬に、山中にはあまりめぼしい食物は無い。私は、餌を探して山中深くから、二匹の子供とともに山里に降りてきた。人の栽培した作物が、畑の上に多く熟成していた。私は、素早く畑の中に入って、雪の下に生えている白菜などの作物を摂っていたが、遠くから弓弦の弾ける音が空に響いたので、慌てて私は子供の待つ山中へと、畑から退散した。しかし、人の気配が追走してくる。そして、また弓弦の音がしたとたん、右後脚に痛みが走った。狩人に射貫かれてしまった。私は、痛みを堪えて必死で逃げた。ことここに及んでは、子供のためなどという綺麗ごとでは決してなく、自分の命が惜しかっただけのことであるが、私は必死に逃げた。どこをどう駆けたか忘れるくらいに、死に物狂いで逃走した。次第に狩人の気配は遠のき、私はうまく逃げおおせた。しかし、愛しい子らとはぐれ離れて、食べるものとてろくになく、力尽きて私は雪の薄く積もる山里の野辺に倒れてしまった。最後の力を振り絞り、私は人間の年頃の娘に化けて、人の助けを待った。
そこに、一人の旅装の声聞が通り掛かった。声聞は、私に気付いたか気付かなかったのか、重そうな行李を背中に背負ったまま、歩調を緩めずそのまま私の傍を通り過ぎていった。そのあと、雪と風で、私の身体は凍えきって気が遠くなった。
しかし、気付くと誰か人間の背に負われていた。この方もどうやら僧籍の方らしいが、さきほど私を見捨てた声聞とは異なった人であるようだった。
寺に連れ込むと、僧侶は、私の傷口から矢尻を取り除き、酒を掛けて包帯を巻き、暖かいスープを与えた。スープは、野菜中心で肉質の物が入っていなかった。
私の化術はあまり効いていないようで、僧侶は、ただ手負いの有情を救いたいがために、私に治療を施しているようだった。
翌日になるとある程度元気になったので、私は、僧侶に恩返ししようと、食べ物を集めるべく、庭に出た。すると、僧侶は私に言った。
「これ、狸。まだ動くな。汝の怪我はまだ完全に治癒してないぞ」
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