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明日もエリスと会うはずなのに、どうして彼女は明日は早く寝てくださいと言ったのだろう。
どうして九十九山に行くのが明日ではないのだろう。
不知火トンネルを抜ければすぐに姿を現す山だ。
面談とやらにそんなに時間がかかるのだろうか。
疑問は尽きなかった。
エリスが風呂に入っているのか、管弦楽にシャワーの水音がかぶさって聞こえた。
ソファーにもたれ、じわじわと白んでくる思考が何か盛られたらしいと気づいたころには、窓から朝の陽が差し込んでいた。
変な体勢で眠ったせいで身体中が痛んだが、五体は無事らしい。
腕時計は六時半を回ったところだった。
明るい窓の光にほこりが浮かび上がり、動物たちの骨に夢の跡を語らせていた。
おそるおそる立ち上がり、室内に危険のないことを確かめ、ドアノブに手をかけると、ドアは簡単に開いた。
朝日と夕陽の違いはあるものの、ひと気のない待合室はきのう見たままの姿を保っていて、窓からの黒縄神木も、振り子時計の刻む音も、記憶となんの齟齬もなく、静まり返って鎮座していた。
受付にエリスの姿はなかった。
ただ、カウンターに丁寧な楷書の書き置きが置いてあるのを見つけた。
日向和田さまへ
わたくしはあなたと冒険の約束をしてしまいましたので、ここから飛び立ちます。
死立ての気持ちが死立てられましたら、明日の日の出のころ、九十九山の九合目で。
九十九番目の立飛より
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