死立て屋さんから飛び立って

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 メモ書きを手に取ってひっくり返すと、エリスの穏やかなほほえみが僕を見つめていた。  いくらかの間、写真を文面を交互に見て頭を働かせた。  明日の九合目を目指して、振り子時計が一秒一秒を打ち鳴らすのが聞こえた。  カウンターの奥にはPrivateと書かれた扉があり、その先には簡素なホテルのような一室が用意されていた。  バスとトイレが並ぶ狭い廊下を抜けると、ベッド脇のナイトテーブルに一台のノートパソコンがあり、その上に識別手帳が置かれていた。  手帳を開くと、立飛ヒナタという名前と知らない識別番号が書かれており、写真の欄は空白になっていた。  丁寧にも、窓辺にデジカメと三脚が置かれている。  手帳のカードポケットに入った一枚の紙片を取り出すと、「日向和田さまを社会的に死立てるための代金として、以下の資産を回収いたしました」という文章が印字されていた。  死んだ母の土地から僕の預金残高まで、締めて九百万の資産を支払って、僕は新しい名前と識別番号を得たらしい。  そして、公安を根元とする立飛組の一員に誘われている。  待ち合わせ場所は九十九山の九合目だ。  ノートパソコンを起動すると、ようこそ立飛ヒナタさまと表示され、公安のロゴが入ったアプリケーションが立ち上がった。  人物検索、監視カメラ映像、死立て免許証偽造、晩餐注文、百一人目候補者、斡旋所との連絡と、きのうを完成させるパズルのピースが順序よく並んでいた。  ナイトテーブルの上には僕用だと思われるスーツがかかっており、その胸元には度の入っていない赤ぶちの眼鏡が差し込まれていた。  ベッドの左側の扉の鍵を開けると、さっきまで眠っていた相談室へとつながっていた。  僕はデスクに腰かけ、引き出しからアルバムを取り出すと、九十九番目の立飛となったエリスの写真を入れ、遠目でしばらく眺めた。  きのうのエリスは蜂さんプランの一日目だったのだろう。  客としてやってきた僕と面談を行い、約束を交わし、最後の晩餐を楽しみ、浴槽で身体を清め、好きな音楽を聴き、眠った。  彼女が死立ての決意をひるがえし、立飛組に舵を切ったのはいつだったのだろうか。  立飛エリスの名前を得たときだろうか。  眼鏡のレンズをクロスで拭いたときだろうか。  僕を九十九山に誘ったときだろうか。  それとも今朝、このベッドで目覚め、夜明け前の紫を見たときのことだろうか。
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