死立て屋さんから飛び立って

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 その奇妙な店は、奈落岬の目の前に建つ一戸建てで、窓から王都を一望できる眺めのよさがあった。  僕が死立て屋の看板をくぐったのは、ちょうど黒縄神木のこずえに夏の陽がかかる時刻で、待合室に響く振り子時計の音が、少しずつ僕の思考を麻痺させていった。 「ヒナタワダさま、どうぞお入りください」  相談室と書かれたドアを開けて僕の名を呼んだのは、受付でやり取りをしたスーツ姿の若い女性だった。  彼女が死立て屋の店主であり、受付嬢でもあるらしい。  殺風景な待合室から相談室に入ると、部屋中にところ狭しと陳列された動物の骨格標本が、薄いだいだいの夕焼けに照らされ始めていた。  受付の奥へ続いているらしい窓際の扉は影の中に沈んでいる。  明かりをつけるほど暗くはなく、眼鏡の向こうの相手の表情を読み取るのには暗い光量だった。 「おかけください」  デスクをはさんだ入り口側に僕を座らせ、窓を背にして座った女性は、受付で書いた質問票をデスクに広げ、日向和田さまでお間違いありませんねと、もう一度僕の名前と識別番号を読み上げた。 「日向和田さまは当店で死立てて欲しい、そういうことでよろしいでしょうか」  女性は僕に興味がないのか、努めて興味を持たないようにしているのか、目を伏せたまま平坦な音を並べた。  僕がはいと返事をすると、彼女は一枚の名刺を僕の前に差し出し、申し遅れましたがと言葉を継いだ。 「死立て屋のタチヒと申します」  どういうスペルだろうかと思って名刺を見ると、立飛エリスとフルネームが書かれていた。  斡旋所で聞いてきたのは元公安のタチヒという名前だけだったから、古民族的な文字を見て僕は意外に思った。  立飛という名前にどこか見覚えがあるように思ったが、エリスの言葉に思考をさえぎられた。 「わたしは公安に認められた国内唯一の死立て人です」  エリスが手のひらを向けた先を見ると、国家公安委員会認定と書かれた死立て免許証が額縁に入れて飾ってあった。
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