死立て屋さんから飛び立って

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「当店において死立てを希望される以上、日向和田さまの死は手続き上、刑死と分類されますが、それでもよろしいでしょうか」  免許の話から一転、僕の死についての冷ややかな質問をぶつけられたことで、僕は右の鎖骨のくぼみに刃物を向けられたような感覚に襲われた。  神経が昂ぶっているとき、寝る前にしきりとうずく繊細なくぼみだ。  最初はきっと死立てられに来た理由を根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていた。  実際、聞いてもらいたい自分も心臓の三寸下で声をあげていた。  しかし、エリスはビジネスに関係ない感傷や興味を持ち合わせてはいないようだった。  彼女は相変わらず伏し目がちで、床に落ちた窓の格子模様が死神のようにじりじりと迫ってくるように見えた。 「刑死でもかまいません」  名刺をポケットにしまいながら声をしぼり出すと、エリスは眼鏡を上げ、LEDのデスクライトのスイッチを入れた。  機械的な直線の光が茶の波模様の上に落ち、デスクの脇から差し出されたパンフレットの白色に反射した。 「当店に死立てをお任せいただいた場合、窓の向こうの奈落岬から飛び降りる必要も、黒縄神木で首をくくる必要もございません。あるいは、自死に失敗して恥ずかしい思いをすることも、ご遺族に迷惑をかけることもございません。当店はお客さまに百パーセント確実な死立てを、合法のもとに提供できると自信を持って申し上げられます」  ほとんどルーチンといえるくらいの、なめらかな口調だった。  幾度となく説明してきた内容なのだろう。  しゃべっている内容の異常さが、熱のない語り口に打ち消されて、かえって理解できるもののようにして足もとへにじり寄ってきた。  眼鏡の向こうの切れ長の眼はひどく冷めていて、奇怪な顔をした死神よりもよっぽど死神らしく見えた。  公安で働いていた五年間のうちに、四十九人の死立てを行ってきたという噂が、真実味をおびて喉もとに広がった。  公安における死立ては、僕と彼女が話しているような穏やかな死立てではない。  死立て人による殺人を刑死として仕立てる、ひどく物騒な死立てだ。
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