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「蜂さんプランについて詳しく申し上げますと、一日目にこの部屋で面談を行っていただきます。死立てに際し、お客さまにさまざまな注意事項や確認事項をお伝えするわけです。その際に、死立て後のことに関し、いくつかのお約束ごとをしていただく必要もございます。それが終わりましたら、最後の晩餐の時間に移りまして、お客さまのお好きなメニューを誰にも邪魔されずに召し上がっていただきます。そして入浴で身体を清めたのち、お好きな音楽を聴いていただきながら就寝。翌朝に顔写真の撮影、そのまま離陸という流れになっております。料金の回収は即座に行うことができますので、明日にでも開始可能なプランとなっておりますが、いかがなさいますか」
よどみなく話すエリスの前で、僕は是とも否とも答えることができなかった。
目の前にちらつく魚や蛇の姿が逆再生され、人間のかたちに戻っていった。
九百万を払わなければ僕もそうなるのだという脅しであるなら、どうやっても九百万を捻出しなければいけない。
決して払えない金額ではないことに、僕はうすら寒さを覚えた。
「九百万円は、日向和田さまの資産をあらかた確認した上で申し上げた金額です」
僕の視線の揺れに答えるようにエリスは言った。
脅迫には違いなかったが、彼女の表情から暗雲が取り払われているように見えた。
眼鏡をはずし、どこからか取り出したクロスでレンズを磨く。
レンズを通した光が屈折して彼女の顔に当たり、明暗をつくった。
「先ほど、日向和田さまの識別番号を公安のデータベースにかけ、紐付けされている資産をすべて洗い出し、九百万という金額をはじき出しました」
公安を退いた人間がこんなところからデータベースにアクセスできるとは思えなかったが、不思議なほど僕の財政状況をぴたりと言い当てていた。
死立てられるにあたって大まかに計算してきた数字と十パーセントも違わない。
「五年前、前君主によって、自死した人の遺族や友人、学校教師にまで大きな社会的制裁を課す法律がつくられました」
公安のトップが世紀の悪法と呼んではばからなかった、自死者削減措置法だ。
経済制裁でないのが前君主の陰湿さを物語っている。
エリスは眼鏡をライトに照らし、汚れがないことを几帳面に確認すると、両手でゆっくりとかけ直した。
赤いフレームの眼鏡は、スーツ姿の死神に良く合う。
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