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小南は、二ノ宮先生の背後で、不満そうに唇をとがらせた。でも、肝心の相手は、すでに次の作業に取り掛かっていて振り返る気配すらない。
小南があきらめた様子で戸口に向かって歩き出したところで、さっきから瑤子の頭をちらちらとかすめていた人物が登場した。
──出た。
佐古田だ。瑤子は、眉をひそめた。
佐古田は、小南がまだ近くにいるのにも気づかない様子で、一直線に二ノ宮先生に向かってきた。小南が、机の間の狭いスペースで佐古田とすれ違い、何事だろうという顔で立ち止まる。
「ちょっといいですか」
すぐ横からいきなり声をかけられて、二ノ宮先生が目を上げた。椅子に座ったまま、体を少しよじるようにして佐古田を見上げる。
「──はい? 何か?」
怪訝そうな表情を隠そうともしない。
そりゃそうだろう、と瑤子は思った。何と言っても、青島の一件がある。
佐古田が職員室で大騒ぎをし、電話の内容を誰かれ構わずべらべらしゃべったせいで、二ノ宮先生は、教師仲間から余計な注目を浴びるはめになった。疑いが晴れた後も、しばらくは居心地が悪かったはずだ。
佐古田は、ちゃんと二ノ宮先生に謝ったんだろうか。
──この様子じゃ、謝ってないよねえ、きっと。それどころか、迷惑をかけたことにすら、気づいていないかもしれない。──だって、佐古田だもの。
瑤子は、ひらめいた表現を、小テストに追加した。
<lack of thought (思慮のなさ)>
<cause trouble for (迷惑をかける)>
佐古田が、二ノ宮先生の顔をじっと見ている。二ノ宮先生の眉間にしわが寄った。互いに見つめ合う──というより、もはや睨み合っている。
佐古田はともかく、人当たりがよくて事なかれ主義の二ノ宮先生までもが珍しい。もしかして、職員室での騒ぎ以外にも、この二人の間で何かあったんだろうか。
瑤子の指が、勝手にキーボードを叩いた。
<break out ? (勃発?)>
──しまった、テスト問題にクエスチョンマークはいらないんだった。
あわてて、ぽちぽちと削除する。
沈黙する二人──。
職員室の隅で起きている事態に、周囲の注目が集まり始めた。教師に加えて小南もじっと見ている中で、佐古田がぽつりと言った。
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