「ある日の職員室」 by くろきん

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 瑤子の隣から、小さな声が聞こえた。 「二ノ宮先生の行きつけのショップ──」  見ると、家庭科の先生がメモ用紙を前に鉛筆を握りしめている。反射的に小南を確認すると、そっちはそっちで、スマホを手に二ノ宮先生の答えを待ち構えていた。  二人の目がきらきらしている。獲物を狙うハンターの目だ。 ──さっき、彼女いるって、はっきり聞いたじゃん。  肉食系女子って、こんなやつらを言うんだろうか。佐古田だけでもうっとうしいのに、二ノ宮先生もかわいそうに。 <find it annoying (うっとうしく思う)>   「ベルトとか財布とか、いつも、よさそうなのを使っているじゃないですか」  なおも言い募る佐古田に、二ノ宮先生がほわんとした口調で答える。 「ああ、小物と靴は大体同じ店かなあ」 「教えてください」 「別に、高級ブランドとかじゃないですよ」 「いいですから」と詰め寄られて、二ノ宮先生が考え込んでいる。 「えーと」  またもや思い出せないらしい。佐古田とは別の意味で、困った人だ。  日ごろの言動から見ても、頭がいいのは間違いない。  それに、源氏だとか宇津保だとか、好きなものについてはいくらでも記憶しているくせに、この人の頭の中は一体どうなっているのか。ものすごく疑問だ。 「靴は、何だっけ、えーと、店の場所は分かるんだけど、名前は──」 <be not within one's recollection (記憶にない)>  リターンキーを押してから気が付いた。いつの間にか、問題数が五十を超えている。三分間テストなのに、多すぎだ。
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