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目の前では、佐古田と二ノ宮先生のよく分からない会話が延々と続いている。
「じゃあ、地図をかいてくださいよ」
佐古田が、二ノ宮先生の机から勝手にメモ用紙とボールペンを取って、相手の手に押し付けた。
「地図っていうか、県庁通りの端っこの──」
二ノ宮先生は、さすがに面倒くさそうだ。
「僕は、方向音痴なんですよ」
佐古田が堂々と主張する。
<the navigationally challenged (方向音痴)>
──問題数が多すぎるんだってば! 増やしてどうする、私。
「隠すんですか? ちゃんと書いてくださいよ」
佐古田はしつこく食い下がっている。そろそろ話を切り上げて、席に戻ってほしい。
「隠したりしませんよ」
──ああ、もう、うっとうしい!!
ぐるぐるする会話に耐えかねて、瑤子は、自席で立ち上がった。がたん、と椅子が音を立てる。佐古田と二ノ宮先生が、そろって瑤子を見た。
瑤子は、二ノ宮先生に代わって、低い声で佐古田の質問に答えた。
「──コールハーンです」
「は?」
「コールハーン。二ノ宮先生の靴」
二ノ宮先生が、すっきりした顔になった。
「ああ、そうでした。なんか、そんな名前。足に合っているみたいで、履きやすいんですよ。詳しいですね」
「見れば分かります」
コールハーン、コールハーン──とつぶやきながら、佐古田がメモを取る。家庭科教師と小南も揃ってごそごそ書いている。
「じゃあ、小物は?」
「ええと、何だったっけ──」
こいつらは、まだ続けるつもりか?
瑤子はぴしゃりと言った。「ポール・スミスです」
「あー、そうでした。ありがとうございます」
「じゃあ、シャンプーは──」
佐古田の言葉を聞いた瞬間に、頭の中で「ぶっちん」と音がして、堪忍袋の緒が切れた。
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