Chapter 1 その花の名は

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 今年も、梅雨が始まってしまった。  朝起きて、どんよりした空の色を見ると、なんとなく悲しい気分になる。雨が降っていたりするとなおさらだ。 ──月曜から、雨かあ。  穂花は、しとしと降る雨の中を、とぼとぼと歩いてバス停に向かった。  県庁に就職して三年目。これまでは、実家の近くにある出先事務所に勤務していたが、この春、本庁舎に異動になった。  本庁舎があるのは、人口百万人を抱える大きな都市だ。  初めての一人暮らしも、買い物にも食事にも困らないロケーションも、十六階建ての勤務先も、何もかもが新鮮で、それなりに楽しい毎日を過ごしている。  でも、雨はいただけない。  実家から徒歩で通勤していたこれまでと違って、雨の日は、朝からつらいことが多すぎる。  バスの中はムシムシするし、道は混むし、髪は湿気で広がるし──。要するに、ちっとも楽しくない。  穂花は、バスに乗り込んだ。  雨の日は、バスの中が異常に混んでいる。隣の人の傘が足に当たって気持ちが悪い。 ──ちゃんと巻いて、留めてくれればいいのに。  傘の持ち主をちらっと見たら、ばっちりメイクの女子高生だった。「何か用でも?」という顔でにらまれ、あわてて視線を逸らす。  ほんの少し前まで、のんびりした場所で暮らしていた身に、都会は怖いことだらけだ。
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