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バスは、途中からのろのろ運転になり、結局、いつもより十五分も遅れて「県庁前」のバス停に到着した。
バスの中で足踏みをしたいほど焦らされた上に、こんなふうに髪を振り乱して庁舎に駆け込むはめになってしまうとは、情けない。
──間に合うかな。
穂花は、走りながら時計の秒針を確認した。あと、三分二十五秒。なんとか髪を直す時間くらいはあるかもしれない。
トイレに駆け込んで、鏡を見た。
湿気で膨らんだ上に、雨の中を走ったものだから、ぼさぼさになっている。一言でいって、ひどい有様だ。ちょっととかしたくらいじゃ、多分どうにもならない。
ざっとブラシを入れて、大急ぎで髪を束ねた。いったんポニーテールにしてから、髪の毛をくるくると根元に巻き付け、お団子にする。
鏡の前で頭を左右に振って、おかしくないことを確かめた。
──よし!
トイレを飛び出し、階段を二階まで駆け上がった。県政相談室に滑り込んだのと同時に、チャイムが鳴り出した。
「ぎりぎりになっちゃって、すみません──」
どうにか自分の席までたどりつき、息を切らしながら言うと、係長補佐の川本さんが「あわてると、転ぶよ」と笑った。
その隣で、美保さんが、「いつも早いのに、何かあったの?」と首をかしげる。
美保さんは、気さくな美人のお姉さんだ。名字は大田河原(おおたがわら)さんというのだが、長すぎて、みんな、彼女のことを「美保さん」と呼ぶ。
ちゃんと名字で呼ぶのは、何事にも丁寧な課長くらいだ。
「バスが遅れて──」
言いかけた時、目の前の電話の外線表示が点滅し、呼び出し音が鳴り出した。
穂花は、一瞬で息を整え、さっと受話器を取り上げた。
美保さんの「プロになってきたわねえ」という言葉を耳がとらえる。
ありがとうございます、おかげさまで、ご指導をいただきつつ、がんばってます。
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