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台所で私が夕飯の支度をしていると、四つになる娘が小さなスプーンを後ろ手に近寄ってくる。
「少しだけ食べちゃダメ?」
漂う匂いにつられ、我慢出来ずに腹ペコさんがお伺いを立ててくる。夕飯前の間食はダメだけど。
「味見してくれるなら良いよ」
味見はお手伝いだからね。
嬉しそうに渡されたスプーン。
私はそれを受け取って、フライパンやお鍋から作りかけの料理をひと口娘に味見してもらう。
豆腐を入れる前の挽肉やニラのマーボー豆腐。カレーになる前の野菜スープ。焼き上がった餃子の最初の一口など、その時々に色々。
『少しだけ、少しだけよ』と、いいながら、そんな物がスプーンへ少しだけ乗せられる。
「熱いからよくフーフーして食べなさい」
スプーンを受け取った娘は嬉しそうに、こんな些細なことを本当に嬉しそうにして、一口の料理を食べる。
「美味しくできたかな?」
「美味しいよ」
私は料理上手ではないけれど、この瞬間だけ世界一のシェフになれる。娘にとっての世界一。
「もう少し食べちゃダメ?」
リクエストにお答えして、今度は別の鍋から。
「美味しい?」
「美味しいよ」
もっと食べたそうな娘をギュッと抱きしめて。
「お夕飯すぐに出来るからいっぱい食べてね」
で、味見は終了。
少し不服そうだけど、これは味見だからね。
いっぱい食べるのは夕飯の時。
いつか娘が大きくなって、自分で働いて、外の世界で美味しいものをたくさん見つけると思う。そしてきっと、私の作った料理のランキングはどんどん下の方にずれていくかもしれない。
それでも、たぶん私の料理は消えてなくなることはないのだろう。
美味しい料理を口にする時、娘は遠い日に口にした私の料理を思い出す。私の料理は美味しさをはかる基準になると思うから。
彼女が手にした小さなスプーン。
母が私にしたように、私も娘の中に作っている。
それは美味しさを計る計量スプーン。
「少しだけ食べちゃダメ?」
「味見ならいいよ」
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