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そして、喫茶店
カランカラン
細やかなドアベルの音とともに扉を開けて、私は店内に足を踏み込んだ。
「いらっしゃいませ」
一週間前に訪れたそこは、やっぱりお客さんは見当たらなかった。
「また来てくださったんですね」
そう言う彼は、それでも来ることが分かっていたように見えた。
私は前に来たときと同じようにカウンター席に座ると、また、レディ・グレイを注文する。
「通勤でいつもこの道を通っていたんですけど、先週ここにお店があることに気が付いたんです。ここ、いつからあるんですか?」
ここを見つけたときに浮かんだ疑問を口にした。
「んー、もう随分と前からありますよ。必要なときに、必要なものがちゃんと目につくんですよ。きっと」
ここが今私にとって必要な場所なのだろうか。
「まぁでも、確かにそうかもしれませんね。どこかで変わりたいと思っていた今、私も彼と再会したんです」
思ったことを口にした。堕落した、と気付いたタイミングで私は彼と会ったのだ。押しに弱いところも、惚れっぽいところも、少し接しただけで簡単に見抜かれた。そう指摘されるだけの要素が、露呈していたんだと思い知らされた。彼との再会も、必要な機会だったのかもしれない。
「物事はたしかに自分の外で起こっているものもあるけれど、行動を起こすのは自分なんです、結局」
彼は、諭すようにそう言った。
「誰かのせいにしてしまったらダメですね。自分で、前に進まないと」
自分で口にすると、スッと心が軽くなるような気がした。
「…当分は自分と向き合ってみることにします。誰かと寄り添いたいなら、その人に誠実でいられる自分でいたいから。ありがとうございます、話を聞いてくださって」
自分に言い聞かせるようにそう言ったところで、彼がレディ・グレイを出してくれた。
「心が晴れたようで、良かったです。では、原点回帰の一杯を」
洗練された仕草が、やはり綺麗だった。
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