喫茶店、“take shelter”

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喫茶店、“take shelter”

その奇妙な店は、街の一角にいつの間にかあった。いつからここにあったのか分からないけれど、よく通るはずのこの道の傍らに、喫茶店があったなんて私は少しも気が付かなかった。 “take shelter” 看板にはそう書いてある。どういう意味だろう、そんな疑問を抱きながら扉を開けて中を覗き込んだ。 「いらっしゃいませ」 静かで品のある笑顔を携えて、若い男性が一人カウンターの中に立っていた。 「あの、一人なんですけど」 それだけ言って店内を見回すと、客はどうやら私一人だけのようだった。 「お好きな席にどうぞ」 店員の男性にそう促されて、私は少しだけ戸惑いながらカウンター席に腰を下ろした。一人になりたくて喫茶店に入ったはずだったのだが、誰かと話したい気分でもあった。 なにを頼もうかと辺りを見回すと、あることに気が付く。 「あの、メニューってどこにありますか?」 そう。どこを見ても、それらしきものがない。 「あ、ごめんね。うち、メニュー表を置いていないんです。なにか好きなものを言っていただければ、ご用意できるかと思いますよ」 優しそうな笑顔で彼はそう言った。私は思わず首を傾げてしまった。 「メニューがないって、置いてないものを頼まれたらどうするんですか?」 「んー、今まで置いていないものを頼まれたことはないので、大丈夫ですよ」 安心させるような自信を滲ませる声色に、どこか妙な気分になる。 「…そうですか。それなら、レディ・グレイってありますか?」 思い付いたのは、昔から私が好きな紅茶の名前だった。 「はい、ご用意しますね。ホットとアイス、どちらがよろしいですか?」 「…ホットで」 「かしこまりました」 迷わず注文を受ける態度に少し驚きながらそれだけ交わすと、彼はすぐにお湯を沸かし始めたようだった。 手際よく茶葉を取り出して、カップを用意する手付きをつい眺める。なぜメニューを置かないんだろう、そんな疑問が当然のように湧いたところだった。 「不思議なお店、ですか?」 静寂を破るように彼が口を開いた。 「え?」 心を読まれた気がして、ドキッとする。
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