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「いいですね、銭湯」
再び停滞した空気を破ったのはまたしても信司だった。
絶妙なタイミングでうまく軌道修正を図る。仕事柄か人柄か。早苗は、信司のそういう配慮にずいぶん救われている。
手元でタブレットを操作しながら人相の悪い顔を笑みで和らげて、信司が言った。
「大きなお風呂、気持ちいいですからね。私で良ければお供しますよ」
「えっ」
ホント?
目を丸くすると、にっこり笑って信司が頷く。早苗の横で、一貴が何か言いたげに口を開いて、噤んだ。
「ただし、銭湯は私が決めてもいいですか」
「え……」
行きたいところがあるんです、と続けて、信司がタブレットをこちらに向けた。
「蒲田なら、ここ。桜館。どうでしょう」
「桜館!」
何を隠そう、そこは早苗がたった今読んでいた小説の、メイン舞台となった銭湯だった。
「行きたい! 行きたい! そこにする!」
「ちょっと早苗サン……!うるさ……っ!」
耳を両手で塞いであからさまに顔をしかめる一貴に反して、信司はにこにこと早苗を眺めている。
「ではアルコールの入っていない時にご一緒しましょう」
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