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「いいの? シンちゃん」
2時を回って閉店の準備を始めた信司に、珍しく気遣うような言葉が投げられた。
視線が合うと、ふいと逸らされる。そのままカウンターに伏してぐっすり眠っている早苗を眺めて、一貴が小さく嘆息した。
「甘やかし過ぎじゃない?」
言いながら、最近ではすっかりお決まりになってしまった早苗の寝姿に眉をひそめる。
週末、遅くまでくだを巻いては呑み潰れる、その原因の一端が自身にあると知ったら一貴はどんな顔をするだろう。
言えない言葉の代わりに、信司は苦笑を返してみせた。
「大丈夫ですよ。もう慣れました。初めの時こそ戸惑って無駄に買い物リスト作ったりしてましたけど、今は翌日の仕込みして時間を潰す事覚えましたし」
毎度の事となれば対策もできるようになる。冷蔵庫には店の開店前に仕入れた食材が詰めてあるし、暇つぶしの本も持って来ていた。
「俺持って帰ろうか?」
早苗を示して、一貴が問う。目を上げて、信司は一貴の夜色の瞳を見据えた。
「それは駄目ですよ」
「いやタクシー呼べば済む事だし。俺んちなら早苗サンも勝手に困らないだろ」
「駄目です」
首を振って、繰り返す。
「──鈴宮さん。そんなことしたら如月さんに嫌われますよ」
「!」
信司の言葉にはっとしたように顔を上げると、みるみる嫌そうな顔を作って一貴が呻いた。
「それは困る……」
「そうでしょう」
笑って、応じる。
このどうしようもなく女性関係のハードルが低い常連の客は、女をセックスの相手としか認識しておらず、早苗ともそういう関係があったことを信司は知っている。
ここのところは、お気に入りを見つけたようで、そっち方面の話はとんと聞かなくなったのだが……。
ふとした瞬間にガードが緩くなるのはもう無意識なのだろう。
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