そうだ、銭湯に行こう!

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「家になんか連れて帰ったら、起きた時早苗さんが黙ってませんよ。鈴宮さん、流されませんか」 「……流される」  正直に言って頭を抱える一貴にちょっと笑う。この男を嫌いになれないのは、こういう子どものように素直な一面を知っているからだ。 「まだ誘うからなあ」 「それはまだ、好きだからでしょう」  さらりと口にすると、一貴がぎょっとして信司を見上げた。 「知っているはずですよ」  苦笑して、首を傾げる。  そうだ。知っているはずだ。知っていて、利用して来たはずだ。早苗が何も言わないのをいいことに、後腐れの無い関係に甘えて。 「それは彼女も承知の上なんでしょうけど」  だからこそ、一貴が他に気になる女性を見つけると途端に身を引くのだ。都合のいい女として振る舞う事で、確かに早苗は他の女性達より長く一貴の傍にいることになった。  しかし、と信司は早苗のゆるやかに流れる長い髪を見つめて思う。  しかしそれは一貴が本命を持たないと思ったからこその選択だったのではなかったのか、と。  誰にも関心を持たず、飽きたら躊躇無く相手を捨てる一貴。だから帰る場所は自分のもとだと。そう思ったからこそ、早苗は本命の座を望む事を捨てたのではないだろうか。 「やっぱり置いていくわ」  音を立てて席を立つと、一貴がカウンターに自分が飲んだ分の料金を置いた。
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