桜守の小鬼(ためし読み版)

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桜守の小鬼(ためし読み版)

 これは南を海に、北を山に挟まれた森の中の小さな村のお話――。  今年の正月で齢三十になったおウメは、大体七時頃に目覚める。そして毎朝布団の上で体を軽く伸ばして起き上がり、着替えを済ませてから顔を洗い、朝食の準備をする。  今朝は雑穀米にみそ汁、漬物と近所の村人からの貰い物で作った卵焼きだった。元々の性格もあったが、一人暮らしなので簡単なものですませている。 「いただきまーす」  もくもくとご飯を食べること三十分。 「ごちそうさまでしたー」  茶碗二杯を平らげみそ汁は昼用に少し残して食事を終えると、甕にくんである水を桶に移して器を洗う。  それから大きく伸びをしたり腰をひねったりして体をほぐしてからゆっくりと髪を整え、呼吸を整え、机に座って字の練習をしてほぼ中身を暗記した本を読む。  そうして約二時間後、借家の外から一人の村人の間延びした声があがった。 「おおーい、おウメ! 文が届いているよー」 「はぁーい、おタエさん、ありがとー」  座布団から立ち上がったおウメはそのまま土間まで歩き、草鞋を履いて戸を開けた。外で待っていたのは腰が軽く曲がった老婆だ。昔は俊足を誇っており、急ぎの文は全て彼女を通して回っていたそうだが、今ではすっかり遠まわしにしても問題がなさそうな文専用の配達員である。(一日一回朝のみ)
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