溺愛ラビリンス

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 全部、夢だったらいいのに。  窓を背にして立つ浩の向こうに広がる青い空と、一緒に昼寝をして笑い合った数日前が遠い思い出のようで、昨日までのささやかな日常が愛おしくてたまらない。もう戻れないと思うとなおさら。  ごくん……。  最後の一口を、浩は噛まずに飲み込んだようだ。  風の音や車の音、行き交う人の気配、そんな日常的な音が突然止まり、浩のきゅうりを飲み込む喉の音が奇妙に響いた。 「明。マヨネーズついてる。口に……」  そういいながら伸びてきた指が唇に触れるのを、明は時が止まったように見た。浩を見ているのか、指を見ているのかわからなくて、一瞬放心した後、近づいてくる浩の顔に「キスされる……」と思いながら、受け止める自分がいた。  掠めるように触れていった柔かな唇。気持ちが止まったまま動かない明と、固まったように真面目な顔をして見下ろしている浩と、音のない世界で二人っきりになる。
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