3/6
2410人が本棚に入れています
本棚に追加
/475ページ
 院長のお気に入りの患者「明君」の存在は、芦屋総合病院内で知らない者はいない。医療従事者はもちろん、看護師、薬剤師、はてはMR(製薬会社営業)まで、「明君の来る日の院長は廊下でスキップをする」とか、「院長は明君専用の特注ステート(聴診器)を持っている」とか、「明君のレントゲン写真を持ち歩いている」とか、あることないことを噂し合っては、激務の憂さを晴らすことが良くあった。  ここのところ急激に地域の中核医療施設としての、重要な役割を担うようになった芦屋総合病院は、慢性的な人手不足、専門医不足で喘ぐような状態だ。院長と言えど、のんびり経営にばかり携わってばかりはいられない上に、芦屋道隆院長の外科医としての腕は海外にまで名を馳せていたために、その殺人的な忙しさの中で、院長の驚異的な体力と精神力は伝説的ですらある。  そんな院長の唯一のお楽しみが、誰憚ることなく「明君」をじっくり診察することだとは、口が裂けても院外に洩らすわけにはいかない。本気なのか冗談なのか、あの強面からは判断することは師長でも難しいらしいが、本人は臆面もなく「明君」大好き光線を出しまくっている。とんだ変態医師だと噂されてはたまらない。
/475ページ

最初のコメントを投稿しよう!