あなたのお望みの品をお売りします。

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客の男は期待は出来ないのになぜか興味を引かれた。 指輪ケースと同様に上部を起こし開けると中には金色に輝き細やかな彫刻で絢爛(ケンラン)に施された懐中時計があった。 「この時計は決して狂うことのない時計です。なぜなら全ての刻はこの時計に準ずるからです。」 オーナーの発言に客の男は苦笑した。そんな悪徳商法に引っ掛かる大馬鹿者がいると思っているのだろうか。 「悪いが帰るよ、ここには望みのモノはなかった」 「信じておられませんね。一度だけお試しに成られてはどうです?」 無表情で何も感じられなかったオーナーから何か威圧の様なものを感じ客の男は試さずにはいられなかった。客の男はオーナーが取り上げた懐中時計を手に取る。 蓋を開けると中には通常の文字盤と指針以外に懐中時計には珍しく中央下部に日付と中央上部には西暦まで表示されている。 更に懐中時計の上部には通常一つしかない時刻合わせの竜頭(リュウズ)が四つついており、恐らく年月日を合わせる為の物だろう。 客の男はオーナーに指示された竜頭を回し現時刻深夜〇時より六時間前、午後六時に着地する。 しかし何も変化はない。ただ時間がズレただけ。 「どうなってる。何も起こらないぞ」 「この店にはこの時計の影響はありません。ですが外をご覧ください。」 客の男は窓らしい窓のない店内を見渡し入口扉の隙間から明かりが入っている事に気が付いた。 時計を置いてゆっくり近付き扉を開けると、まだ薄暗く、それでも日が落ちきっていない夕方頃。 「夜だったはずだ」 「ええ、ですがこちらの時計で時間を操作されたのです。 申し上げたでしょう。全ての刻はこの時計に準ずる。この時計の時刻や日付を弄ればその刻までこの時計に触れている者を移動させるのです。 これであなたの望む時間旅行が可能です。」 どうやら嘘ではないらしい。 望んでいたのは時間旅行ではないが、これなら望みを叶えられる。 「いくらだ、売ってくれ」 客の男はカウンターまで戻りながら財布を取り出す。 「八〇万円です。」 「なんだと、高過ぎないか」 「性能はご覧になられた通りです。寧ろ安いと私は思います。」 確かに時間を操作出来るならば決して高い金額ではない、しかしそれほどの大金を持ち合わせてはいない。今手元にないということではなく、全財産を以てしても届かないのだ。
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