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実は客の男には借金がある額は六〇万円ほどではあるが、新たに借り入れるのは困難だ。
「致し方ありません。またの機会にお願いします。」
「待ってくれ… 金は用意する、ストックしておいてくれ」
オーナーは片付け掛けた手を止め客の男を見据える。
それから紙とペンを取り出した。
「分かりました。ではこちらにサインをお願いします。」
「落間ジンヤ(オチマジンヤ) 三二才 無職 あんた本当に返せんのか」
小さな事務所で人相の悪い三人の男達から囲まれ落間ジンヤはただただ畏縮するだけだった。
表立ってはいない、悪徳金融で法外な利子を請求することが裏の業界では知られているところだ。
「え、ええ、一ヶ月以内に必ずお返しします」
歯切れの悪さが男達の目を一層ギラつかせる。
「うちにくるヤツは無職のヤツが多いが返すあてがないと困るんだよ」
リーダー格なのか、人相の悪い彼らの中でもまだ優男が落間に向き合い問い掛ける。穏やかな口調で和みを効かせているつもりか、それでもその表情は冷徹そのものだ。
落間ジンヤは生唾を飲みながら取り合えず金さえ手に入ればここでの問答はどうとでもなると、ただ彼らに取り繕う形で生返事を繰り返した。
「あんたがどんな人間か、たった数分話した程度じゃ分からないがあんたの素性は今調べさせてるから」
「えっ!」
先ほどから話している優男の後ろでパソコンや電話を使い世話しなく動いていた別の男が一枚の紙を持って優男に手渡す。
「あんた借金があったのか」
しまった、借金のことがバレてしまったか、いくらヤミ金でも借金持ちにそう易々と金を貸してくれるわけもない。
「でも二日前に完済か、なるほどちゃんと返す人間のようだな」
完済?いや、俺は返していない。誰かが代わりに返済したというのか。そんな知り合いはいないがこの場合は都合がよかった。こいつらの調査ミスということもあり得るが、あとで調べるとしよう。
「それじゃ二〇〇万、確かに貸したからな」
「はい、ありがとうございます。」
手渡された大きめの封筒には一〇〇万円の札束が二つ納められ落間ジンヤは一礼した後そそくさとイヤな事務所を立ち去った。
そして寄り道せずに彼は例の奇妙な店へと舞い戻る。
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