一片

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校庭に植わる、一本の桜の樹。 校門から昇降口へ繋がるアスファルトで固められた道の傍には、銀杏並木。 内、一本のみ、紅葉葉楓の樹。 そして、玄関には、四季折々の花と、龍の髭。 ビオトープと呼ばれている池には、金魚が不特定多数泳いでいて、時折、内外問わず各家庭の飼えなくなった亀が放り込まれ、蛙がゲコと鳴いている。 去年創立140周年を迎えた櫻杜学園の赤褐色の校舎は、そんな緑に囲まれた中に、そびえ立っていた。 東西南北に四棟あり、東校舎北校舎は、国の重要文化財に指定され、現在は高等部の生徒が使用している。比較的新しい西校舎南校舎は、初等部と中等部に充てがわれていた。 私立とはいえ、学費は割と良心的で、生徒の中には、裕福な家柄の者も多かったが、サラリーマンや公務員の親を持つ、いわゆる、ごく普通の家庭も少なくない。 因みに、蔀 与(しとみあたえ)は、後者の方だ。 平均的な家庭で生まれ、育った。 勉強するだけが取り柄の、できれば目立たず生きていきたい女子高生歴二年目。 「与ーー」 朝の登校時間。まだ青い葉の銀杏並木を与が歩いていると、名前を呼ぶ声がして、振り返る。見ると、クラスメイトの小嶺知代(こみねともよ)が、手を振りながらこっちに駆けてくる所だった。
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