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私がその名前を選ぶと、携帯電話の画面にはあの人の番号が現れた。私はそれを確認すると、少し惑いながら発信のボタンを押した。そして、そのまま携帯電話をそっと耳元にあてた。
ほんの少しだけでいい、あの人の声が聞きたい…その事だけで胸がいっぱいになっていた。
電話口には少しの静寂があった。
その時の私には、それがとても長い時間に思えた。
この番号はまだあの人に通じているのだろうか。
それとも、もう…
突然、静寂と私の考えを切り裂いて待受音が耳に鳴り響いた。それを聞いた瞬間、私はハッとしてすぐに電話を切ってしまった。
怖かった。
もし、声を聞いてしまったら。もし、この電話がつながってしまったら。いままで抑えていたこの気持ちは一体どうなってしまうんだろう。それが、ただただ怖くなったのだ。
私は一体何をしているんだろう。もう終わってしまった事なのに。いまさらどうにもならない事なのに。まだ、二人だった頃に私達が決めた最後の約束だったから。だから、覚悟もしていた。耐えられると思っていた。
それなのに、どうして…
私はそれ以上、言葉を紡ぐ事も出来ず、ただやりきれない想いだけが心に残って離れなくなってしまった。そしてその想いは、はじけるように大きくなり、あの人の名前を呼び、あの人の笑顔を、笑い声を、手のぬくもりを、二人で過ごした愛しい時間を一気に呼び起こした。
その想いに私は息が詰まって胸が張り裂けそうに苦しくなり、まだ手の中にある携帯電話をぎゅっと握りしめた。
そして、心の中いっぱいに叫んだ。
会いたい…
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