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腹立ちまぎれに、隣人に夜中の騒音の罪をなすりつけようとしてみた舞香だったが、はたと気づいたことがあった。
隣人、つまりは、舞香の住む401号室の隣である402号室は空き部屋だ。401号室は角部屋なので、もう一方の隣は外だ。
メガネをかけ直し、舞香は部屋の玄関ドアの方へ行き、鉄扉に片耳を当ててみた。
「あ!」
舞香は合点がいった。
そのジリリとうるさく鳴る機械音は、舞香の予想通り、部屋の外からの音だった。
マンションの4階フロアには、珍しく緑の公衆電話が置いてあるのだ。
「あの公衆電話? 4階ってなんでかわからないけど、時々、電話に雑音が混じって混線してるみたいになるらしいんだわ。聞くところによると、携帯がひどいらしいのよ。で、何度か苦情があって、それで、清子おばちゃんの苦肉の策として、1階の『サンフラワー薬局』さんにあったその電話を4階に置いた…ってことらしいんよ」
その緑の公衆電話の件についておしえてくれたのは、この部屋を紹介してくれた、舞香と同じ大学に通う先輩でもあり、舞香と同じマンション、つまりはこのマンションの5階の502号室に住んでいる栗原桐子だった。桐子の言う「清子おばちゃん」とはこのマンションの大家だ。
「ほんとに困ってるのよ…原因がわからなくてね…。パソコン? そっちの方は大丈夫みたいなのよ。でもね、最近の若い人たちは固定電話を付けずに携帯だけですます人が多いでしょ。ほんとに時々なのよ、いつも混線するわけじゃないじゃないんだけど、携帯の調子がおかしい時はあの緑の電話つかってね。ごめんね、不便かけるわね…」
桐子のおばさんでもある、大家の栗原清子は人のよさそうな丸顔を曇らせていた。
「いえ、構いませんよ、それくらいなんてことないです」
舞香はそう言って笑ったことをよく覚えている。
なんてたって、古いマンションとはいえ、6畳二間に4畳半のキッチン、ユニットバス付きで3万円の家賃だ。多少の不便は目をつむってでも、この部屋を手放したくない。しかも入居して一週間も経っていないというのに。
とはいえ、その補助用の公衆電話をこちらからかけることはあるだろう、とは思っていたが、向こうからかかってくるとは舞香も予想はしていなかった。しかも時間は夜中の1時過ぎだ。
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