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「…こんな夜中に…」
きっと間違い電話に違いない。そのうち止むだろうと思った。
舞香は玄関から踵を返し、再びベッドの布団の中へ潜り込んだ。
ジリリ、ジリリ、ジリリ…。
その不快な機械音は、舞香の予想に反してしつこかった。
覚悟を決めて布団から置き直し、舞香はむかついた勢いで玄関ドアを開けた。
早くしろよ! とでも言いたげに電話の音は夜中の4階フロアに鳴り響いていた。
4階フロアの真ん中、エレベーター前でうるさく鳴る緑の公衆電話の受話器を舞香はひったくるように取り上げた。
「こんな時間に非常識でないですか?!」
と舞香が怒鳴るより先に、
「なんとかしてくれ!」
と逆に、電話の相手の方が声を荒げた。
男の声だった。何か焦っているようだ。
「3階にいる、って言ってるだろ!」
怒っているというよりも、切羽詰っているよう、呻くような声だった。
少々、面食らった舞香は、それでも努めて冷静に、
「…あの…どちらへおかけですか?」
電話の相手にそう言った。夜中に間違い電話をかけてくることを非難するのは、その答えを聞いてからでも遅くはない。
「栗原マンションだろ?」
押し殺したように、しかし、当然だ、とでも言いたげに、電話の相手はそう告げた。
「…え…当たってる…!」
思わず素っ頓狂な返答をしてしまった舞香だった。相手が番号違いで電話をかけているとばかり思い込んでいたので、非難の言葉しか用意していなかった。
そこで初めて気づいたが、緑の公衆電話が乗っているこれまた緑の鉄製電話台の隅っこの方に、紙に書かれた電話番号がセロテープで貼ってあった。おそらくそれがこの電話の番号なのだろう。
「ええっと…あの、私…大家さんじゃないんで…」
舞香のしどろもどろの返答などお構いなしに、相手は叫んだ。
「3階にいるんだよ!」
その声のでかさと勢いと、そしてようやく気付いた事の異様さに、舞香は思わず受話器を耳から少し遠ざけた。
しかし、反面、その「異様なこと」に舞香は興味を感じていたことも否めない。
「…3階? …ですか?」
舞香は心臓の鼓動が早鐘を打つのを抑えつつ、恐る恐る切り出してみた。
「…3階のテナントは空き…なんですけど…」
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