三月 来訪

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「ねぇねぇ、練習終わったらカラオケ行かない?」 「いいね! なに歌おうかなー」 「私はやっぱりサザンかな」 「ええー、実花ちゃん相変わらずシブいねー」  きゃっきゃっと女子中学生が話す声が、校舎の外まで漏れ聞こえていた。  女は手元のメモを確認する。 「九時から練習開始で、今合奏してるんじゃなかったの……?」 「あ、あの……」  遅れて来たのだろうか、サックスを背負った女の子がおずおず声を掛けた。 「あら、おはよう」 「え……あと、その」  シャイなのか、女の子はそれきりうつむいてしまった。  やれやれ、と女はため息をつく。発声がなってなくてよい音が鳴るわけがない。 「ハキハキ挨拶! おはようは?」  女の通る声は校内全体に響き渡り、吹奏楽部が息を呑んで見守った。  女の子からの返事がないことも見越したまま、女は矢継ぎ早に校舎へ声を飛ばした。 「部長さんは一階に降りてきなさい。今雑談をしていた者は床で腹筋三十回。ズルは許しません。それが終わり次第ロングトーンの試験を行います。各パート、またパート内で順番を決めておくように!」  校舎に反響した女の声がわんわんと耳に響く。 「返事がない!」  女がこの吹奏楽部の顧問になって、始めて放った怒声だった。 「あの、私が部長ですけど……」  丸っきり怯えきった子犬のように、部長の女の子が降りてきた。  顧問はさっきとはうって変わって明るい声で質問をする。 「あらお名前は? そう、夏海さん。よろしくね。この吹奏楽部は、マーチングはやるのかしら? 一日の筋トレのメニューを教えて頂戴。普段はどんな曲を吹いているの? コンクールの目標はどこに設定してる?」  部長はしどろもどろしながら、やっと最後の質問にだけ答えた。 「コンクールは、出ません」  空気が、凍った。
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