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新学期が始まり、入学式と始業式でのマーチの演奏を一応指揮した守山だったが、その実際はただのお飾りで、毎年演奏しているはずの簡単なアンパンマンのマーチを楽譜凝視で演奏する有り様だった。
「……これではいけない。これではあんまりだわ」
守山は今日もため息をついてはブラックコーヒーを啜る。あの程度の楽譜が暗譜できないとは何事か。それに少しフィルインしただけで逸るテンポは何? 守山のはらわたは煮えくり返るばかりで、その怒りは当然部員へのスパルタという形で示された。
「え、掃除ですか? この廊下を?」
南校舎最上階に位置する部室の前の廊下を、人が寝そべることが出来るくらいに掃き清めろという顧問の意図がわからず困惑する部員たち。
「それから三階は全面的に上履き制にします。靴箱を設置するので各々部活用のスリッパを持ってきなさい」
「あの、なんのために掃除をするんですか?」
「もちろん、筋トレのためよ」
部員は耳を疑った。部室は凍りつき、誰もが守山の前言撤回を願う。しかしあくまで神は非情であった。
「なに固まってんの、吹奏楽部は体育会系文化部だってよく言われるわよね? あなた方の今までのやり方はなってないわ。合奏室も音楽室もスペースがないなら廊下でやるしかないじゃない」
さも当然という顔で言い捨てる顧問に、部員たちは開いた口が塞がれない様子だった。
「聞いたか? 筋トレだってよ」
「先生コンクールに出るらしいからな、スパルタなんて嫌だよ」
「コンクールに出るのは、私ではなく皆さんですよ!」
すでに階段を下っているはずの顧問の声が飛ぶ。部員は直接見られていないにも関わらず、休めていた手を無意味に動かした。
「守山んやつ、地獄耳だよ……」
ある男子部員が白目をむきながら言った言葉は、幸いなことに守山には聞こえなかったようである。
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