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「……という訳で、パーカッションの七尾君は吹奏楽部を引退することになったわ」
守山が部員を合奏室に集めると、事情を知るパーカッションパートは沈痛な、その他のパートのメンバーは胸騒ぎでもしたのか落ち着かない表情で着席した。そのざわつきが、守山の話の後は波一つない湖面のように静まり返る。
「もう七尾は部活に来ないの?」
「こら、敬語……いやそんなことはどうだっていいわよね。七尾君はしばらく入院しているから部活には来られないわ。でも退院したら顔くらい見せにくるかもね」
守山の言葉に救われたように顔を上げる部員たち。それだけ好かれていたということだろう。
「でも、七尾がもう部員じゃないなんて、なんか寂しいな」
しおれたような顔で残念がる部員たちを、守山は元気付ける。
「こらこら、そんな暗い顔しないの。引退するのは残念だけど、七尾君はこれからも刈山中吹部に関わり続けるわ」
合奏室がどよめいた。
「どういうことですか?」
部長早川夏海が食いつくように声をあげる。
「確か、この部には専属の配送業者はいないのよね」
質問を質問で返された夏海は面食らったように瞬きする。
「これからあなたたちは、色々な演奏依頼を受けなきゃいけない。スキルアップのためにも、近隣住民の皆さんに部を認めてもらうためにも。そのためには、気心しれた業者さんに楽器を大切に運んでもらいたいわよね?」
パーカッションパートには勘づいた部員も現れ始めた。
「これから刈山中学校吹奏楽部は、正式に七尾運輸に楽器配送を依頼します」
クラッカーが割れたように合奏室が沸いた。そのなかで誰が言ったのか、「これで七尾も吹部の一員だな」という言葉に、守山は泣きそうになった。
これまで正式に楽器の配送を委託した業者はいなかったこの部に、退部した元部員の父親が運営する会社との関わりをつけることによって、七尾駿が部に顔を出しやすくなるだろうという守山と駿の父親の配慮だった。
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