三月 来訪

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「うわー、実花、今日は災難だったねー。新任若造顧問に絞られたあげく、筋トレだもんねー。吹部は文化系部活動だって知らないのかなあの女ー」  実花はクラリネットのもう一人の同学年の女の子と二人下校していた。 「まったくだよー。なんなのあの女、ちょーむかつくー」  変に間延びしたトーンでぶらぶら歩く二人。 「腹筋三十回、背筋二十回、腕立て伏せ十回! スクワット二十回、校庭ダッシュ二往復! 出来ない者は帰しません!」  顧問守山はそう宣言し、制服のブレザーを脱がせたとはいえ体操服でもない固い服装のまま部員たちに筋トレを強いた。ブーブーと部員たちが言っているのも聞こえないかのようだった。  普段からしているのか楽々こなすパーカッション。嫌々ながらなんとかクリアするフルート。その他のパートも全員が合格し乳酸がたまった足を擦りながら帰宅した。  日が暮れるまで、残されたのはクラリネットパートだった。そのなかでも最後まで残されたのがこの、パートリーダー実花なのである。結局一人だけ課題をクリアできなかっただけでなく、服装、態度についても大分きつく叱られたらしい。  守山の手によって折り返されたスカートは元の長さに、伸ばされたリボンは学校の備品に変えられ、制服の内側に勝手につけていた二次元アイドルのエンブレムは剥がされた上で没収された。  実花は学校も手を焼く不良少女だったのである。二人がこれから向かうのも、家ではなくゲーセンだった。 「ごめん佐織、今日ババアの財布にこんだけしか入ってなくてさあ。あんま遊べない」 「なぁんだ。実花、安心して! こっちにはこんなにあるから」  二人の共通点は、一人親で親が朝早くから働いているということ。帰宅したところで親は寝ており、居場所はなかったのである。そのことを、若い顧問はまだ知らない。
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