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【2026.04.05】 旧:東京 都内某所 高校
桜の花が吹雪く穏やかな季節がきた。それは新しいことの始まりであり、それは終わりを告げる季節でもある。肩に触れるか触れないかまで伸びた黒髪が特徴的な少年は、人生で何度経験しても慣れない、入学式の騒がしさに少々やられかけていた。今年は特にドギツイ物がある・・・成績優秀者で入試に合格したことにより、新入生代表で式辞を読むはめになったのだ。別に狙ったわけでもなく、ただその高校に入学するために勉強したわけでもないというのに。逆に言えば、ここよりずっと上の高校も狙える成績だった。だが少年はあえて、この高校に入ることに決め、その結果として式辞を読む羽目になったのだ。
少年・陽乃終(ひの おわり)の他に、もう一人同成績で合格した生徒がおり、本来はその生徒が式辞を読むはずだった。だが、終自身がその生徒を気遣って引き受けた結果、彼は胃を痛めることになったのだ。
もっとも、その生徒とともに高校を受けたのだが。
気付けばもうじき自分の出番が近づいていた。彼は式辞を書いた紙を持っていない。覚えた作文用紙は必要じゃないからだ。式辞の内容は、終の記憶にしっかりと焼き付けられている。
「続いて、入学生代表の式辞、1年C組 陽乃終。」
名前を呼ばれ予め待機していた場所から、壇上へ登り教壇の前へ立つと、一礼してからマイクへ向かう。
「今日は、新たに本校の生徒となる私達の門出を・・・」
深呼吸をする間も無く、脳内に浮かび上がる文字をはきはきと読み上げる。内容は、長くもなく短くもない、ありきたりなものだ。読み上げる彼の声色に先ほどの憂鬱さは無く、むしろ余裕すら感じさせる。噛むこともなく、饒舌に、一句たりとも間違うことなく、終は目的を果たした。一礼すれば拍手を受けながら壇上から降り、集団が座る中ポツリと空いている自分の席へと素早く向かう。観衆の目前に立つことを引き受けたのは自分だが、目立つのはあまり好きではない。むしろ嫌いだ。
席へ向かう最中ふと、背中まで届く長い白髪を、ハーフアップに結い上げた少女が自分に向かって小さく手を振るのが見える。彼女の方を向いて首を頷け、気づいてることを示すと、安心したのか教壇の方を向き直した。無事に自分の席につくとやり遂げた安堵から深くため息を付いた。
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