【6】消えろ、きえろ、きえろ

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「あ」ようやく顔を上げることができたぼくは、自分が通っている高校の正門の前にいることを知った。 校舎の時計は七時を指している。 今日は土曜日、体育館に部活生校がいたとしても、校舎自体は閉まっていてもおかしくない。 なのに、ぼくは惹かれるように半開きになっている正門を潜った。 自分が私服だということも忘れて。 昇降口は開いていた。 迷わず校舎に入ると靴を脱ぎ、靴下のまま廊下を進む。 薄暗くて不気味な教室を通り過ぎ、一段いちだん階段を上っていく。 いかにも出そうな空気、何故か誰にも見つからない不思議、けれど恐怖心は薄い。 ホラー映画で耐性をつけているせいなのかも。 衝突事故を起こした三階と四階の間にある踊り場まで来る。 そこで鏡と向かい合い、ぼくは自分の情けない姿と対面した。 暗くても分かる自分の姿。本当にダサイ姿をしている。 変に作っている笑った顔も、走ったせいで乱れた髪も、流れている汗も。 その鏡に背中を預け、ずるずると滑るように腰を落とした。 「まじダッセェの」 なにしているんだよ。 体調が悪い仲井さんを怒鳴りつけた挙句、置いてきたとか。 せっかくのデートだったのに、自分から好きな子に幻滅させるようなことをしちゃって。 こりゃ嫌われてもしょうがない。告白すらできなかった。 投げ出していた右足を折り曲げ、それを抱えると、膝小僧に頭を預ける。 月曜日から仲井さんと、どうしていこう。一応カレカノなのに。痴話げんかで通るのかな、これ。 なにより。 「気持ちを元通りにさせないと。仲井さんにつらい思いをさせる」 今のぼくはギターを思っても胸に痛みを感じない。あの頃はよく痛みを感じていたのに。 その代わり、仲井さんが何かしらの痛みを感じているはずだ。 ぼくが仲井さんの痛みを感じたように、彼女も痛みを感じている。 それはきっと、ぼくが感じたよりもずっと強い痛みに違いない。 どうしたらいいんだろう。なにも分からない。ぼくは逃げてばかりだ。 「いっそのこと、ぼくの気持ちが消えてくれたらいいのに」 そうだ。消してしまえばいい。 仲井さんの気持ちを戻して、ぼくの気持ちを消してしまえば。 なにか良い方法はないかな。 あんな気持ちが戻って来たところで、ぼくに損しかないし。 目を瞑って、ぐるぐると思考を巡らせる。いっそのことぼくが消えたい気分。
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