【6】消えろ、きえろ、きえろ

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頭を縫ったぼくは検査と安静のために三日間、入院を強いられた。 また両親からはどうしてこんなことになったんだと、執拗にぼくに説明を求めた。 それはきっと、少しならず現場にいた人間から事情を聴いているからだろう。 だけど、ぼくは聞かれる度に返した。 階段から足を滑らせて落ちたのだと、ドジを踏んだだけなのだと、この怪我は自己責任なのだと。 事故の加害者に当たる旭を庇うつもりは毛頭なかった。 でも、責める気持ちも起きなかった。 責めるだけ旭と関わる、その現実が嫌で仕方がなかった。 心に占めるのは大きな恐怖心。 もう旭達と関わりたくない。 責められる苦さも、好きなものを否定されるつらさも、好きなものを打ち込む自分を笑われる悲しみも味わいたくない。 どうすればこの苦々しい気持ちを切り離せるのか、楽になれるのか、ぼくは考えた。必死に考えた。 そして気付いた。 何もなかったことにすればいい、今までのことなんてすべて忘れてしまえばいい――と。 入院している短い間に、メンバーを代表して旭が見舞いに来た。 あいつはぼくを突き飛ばしたことを心底悔やんでいた。 病室に入って来るや、被害者に深くふかく頭を下げてきたのだから。 ぼくはあいつの謝罪を受け取らなかった。 許すも何もない、だってぼく達の間には何もなかったのだから。 許す代わりに聞いた。 バザーフェアのステージにはエントリーはしたのか、と。 責任感が強い旭は今回はエントリーしないと答えた。 ぼくが完治するまで、絶対にステージには立たない、と。 『なに、バカなことを言っているんだよ。ずっと練習してきたんだ。その時間、無駄にするのかよ』 『おれは、おれは……英輔が戻ってくるまで弾かないって決めたんだ。その手が治るまで、おれも弾かない。こんなことをして許されるとは思わないけど』 それこそバカな発言だと思った。 ぼくが戻ったところで、またあの日々が繰り返されるだけだ。予想できる未来に喜べるほど、ぼくもオトナじゃない。 『あの時はお前を責めてちまったけど、英輔は戸惑ったんだ。そして気付いたんだ。おれ達が勝手に楽譜を変えていたことに。なにより、お前は知っていたんだ――おれ達が最低なことをしていたことに……なのに、おれ』 ああ。 もう責められるのも、否定されるのも、笑われるのもごめんだ。
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