第1章

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ざわざわと胸が騒ぐ。本当に、私はおばあちゃんに会ってよかったのかな。私は居心地の悪さを感じて、「こころ」に手を伸ばした。適当なページから読み始める。 「やっぱり親子だねぇ」 「え?」 おばあちゃんは新聞を読んでいた。そして、新聞に目を落としたまま言うんだ。 「輝一郎も、夏目漱石の『こころ』が好きだったよ。…ああ、あの人の影響でねぇ」 「あの人?」 私は思わず本から顔を上げ、おばあちゃんを見た。 「おじいちゃんの、ねぇ」 おじいちゃんは、私が生まれるずっと前に亡くなったと聞いている。そのことを思い出したら、なんだか急におばあちゃんが寂しそうに見えた。 「おじいちゃんは、明治時代の作家が好きでねぇ。なんだか、夏目漱石や森鴎外の本を見てると、近くにおじいちゃんがいるようだよ」 私はふっと棚を見上げた。だからなのかな。こんなに昔の本が揃っているのは…。 誰が明治時代の作家かなんて、正直覚えていなかった。少し目線を右に移すと、林芙美子という名前が目に入った。「下駄で歩いた巴里」というやけに洒落たタイトルの本を書いた彼女を、私は知らない。二葉亭四迷。なんだか名前は聞いたことがあるけど、代表作はなんだったっけ。  ああ、私、本当にダメだなあ。それがわかれば、おばあちゃんとの会話が広がるのに。  しかし、二葉亭四迷のすぐ下に、森鴎外の名前を見つけた。そういえば、「高瀬舟」もいつだか授業でやったっけ。私は、思わずそれを手に取っていた。「高瀬舟」「山椒太夫」「阿部一族」と三つのタイトルが並んだそれは、どうやら10ほどの話が収録されている短編集のようだった。 隅に小さく「高瀬舟」と書かれたページをパラパラっとめくってみる。「遠島」「弟」「剃刀」。だんだん、思い出してきた。そうだ、なんだかとても悲しくて清々しい話だった。 確か、主人公は罪深い人を遠島へ送る舟頭か何かで、ある日乗り込んだ男は弟殺しの罪人で、でもそれは病気で苦しんでいた弟に望まれてやったことだから彼は後悔はしてなくて…。
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