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「…森鴎外かあ。おじいちゃんは森鴎外の方が好きだったねぇ」
おばあちゃんがクスクスと笑う。それから、「…私も、森鴎外の方が好きだねぇ」と静かに言った。
「…ここは、おばあちゃんの思い出がつまった本屋なんだね」
そんなことを口走ったと気づいたのは、セリフを言い終わってからだった。無難に少しだけ会話をして終わろうと思い始めていたのに、これでは深入りしてしまいかねない。すっと背筋が寒くなった。
そんな私とは対称的に、おばあちゃんはふんわりと温かい声で言う。
「そうさ。この本屋の名前も、おじいちゃんがつけてくれたんでねぇ」
「『八百屋』が?」
後に引き返せないと感じて、とりあえず質問をしてみる。
「八百万の八百だからねぇ。本の内容だけじゃなく、それを書く作家、作家以外に制作に携わる人たち、それを手に取る人たち…おじいちゃんは、一冊の本に無数の物語を見る人だったのさ」
「おじいちゃんは、本が好きだったんだね」
「そうさ。おばあちゃんも本は好きだけど、おじいちゃんほど熱くはなれないねぇ」
ふっふっふっとおばあちゃんが笑う。とても幸せそうな顔…。ああ、なんで今までおばあちゃんを知らなかったのだろう。
「…おばあちゃんは…今でも、おじいちゃんが好きなんだね」
「ふっふっふっ。そうさ」
一人の人を想うだけで、こんなに幸せそうに笑う人を、今まで見たことがあっただろうか。なんて素敵な時間だろう。もっとおばあちゃんのことを知りたい。おばあちゃんとおじいちゃんと、それから、幼い頃のお父さんとの思い出を、聞きたい。
「おばあちゃん、お父さんも本が好きだったの?」
「輝一郎かい?輝一郎も、まあ並には読んでたね」
「じゃあ、私の読書のしなささは誰譲りなんだろう」
お母さんかな、という言葉は、喉まで出かかって出てこなかった。お母さんは、ただ主婦業に追われているだけなんだろう。昔はどうだったのかな。
「紗輝は本を読まないのかい?」
おばあちゃんが聞く。こんな質問をするのも、当然だろう。
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