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時々、父はじっと何もない空間を見ていることがある。そして、私も時たま他とは違う“何か”を見ることがあった。父もそんな私に気づいて、よく“何か”と私を遠ざけようとしていた。次第に、私は父ほど強くはないけれど、父から“それ”を受け継いだのだと悟っていった。
ただ、“父ほど強くはない”っていうのがやっかいで、小さい頃はそれが“何か”だと気づかずにじっと見ていたり、話しかけたりしていた。大人になるにつれて他と“それ”が何となくわかる時も増えたのだが、未だに見分けられない時もある。
そして今回、私はまんまと騙されたのだ。
「おばあちゃんは…死んでたんだね。ずっと昔に」
お父さんはこくりと頷く。
「おばあちゃんが死んだのは、お前が生まれる2年前だったよ。でも、お父さん、すぐに気づいたんだ。おばあちゃんは亡くなってからも、あの本屋を営んでるんだって」
「どうして言ってくれなかったの?」
お父さんは煙草を隠すように左手を添えて火をつけ、一息吸う。そして、右手の人差し指と中指で煙草を挟み、口から離した。ふーっと長いため息のように吐き出された煙は、助手席まで漂ってきた。
「おばあちゃんの、邪魔はしたくなかったからさ」
また、一息吸う。ちりちりと弱く燃える赤い光が、煙草の先から灰にしていく。
「おばあちゃんは、自分が死んだことには気づいちゃいないさ。28年前のあの頃のまま、時が止まってる」
指先が冷たくなる。28年前のままだったなら、あなたの孫だと名乗った私を、どう思ったのだろう。なぜ、疑問も口に出さずに受け入れてくれたのだろう。
「私は…おばあちゃんの時を、動かしてしまったの?」
おばあちゃんの笑顔が浮かぶ。きっと、何よりも、思い出のつまったこの本屋が好きだったんだ。
「心配いらないさ。おばあちゃんは、ボケていたからね。今も、本屋を営んでいるよ」
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