エピローグ~その奇妙な花屋は

1/1
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

エピローグ~その奇妙な花屋は

「見事に咲きましたね」  そう言って、青年は朗らかに笑った。 「返していただくのは、一向にかまわないのですが、それでいいのですか?」  佳代子は頷いた。抱えた鉢の上で、朝顔は、大輪の花を咲かせていた。  青、紫、白――。 「いいんです。もうすっかり、思い出しましたから」  そう、佳代子は呟いた。  ――思い出したら、花開く。  佳代子は思い出したのだ。だから、朝顔は咲いたのである。きっと、そういうことなのであろう。 「……この花を咲かせてしまったことを、後悔していますか?」  鉢を受け取りながら、青年はそう尋ねた。  佳代子は首を振る。 「いいえ。……いいえ。だって私……」  口に出さない思いに気づいたのであろうか、青年は佳代子に真摯な瞳を向ける。 「僕は嬉しく思っているんですよ。お客様が、この朝顔を見事に咲かせてくださったこと。感謝しています」  そう言って、青年は微笑んだ。 「お客様、ご存知ですか。朝顔の花言葉」 「……いいえ」  首を振る佳代子に、青年はそっと言葉を落とした。 「『愛情の絆』と言うんです」  佳代子の体が小刻みに震えた。  『愛情の絆』。  佳代子はもう隆司からは逃れられない。  それは、隆司が怖いからではない。決してそれだけの感情ではなかった。長い年月を二人で過ごしてきたのである。そこには、確かな物も存在していた。    たとえ彼が犯罪者だったとしても。  未だ、自分を監視しているのだとしても――。 「ありがとうございました」  青年の声を背に受けて、佳代子はその店を出た。  ややあって振り返り、彼女は目を疑った。  ただこんもりとした、緑の茂みだけが、そこにひっそりと存在していた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!