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エピローグ~その奇妙な花屋は
「見事に咲きましたね」
そう言って、青年は朗らかに笑った。
「返していただくのは、一向にかまわないのですが、それでいいのですか?」
佳代子は頷いた。抱えた鉢の上で、朝顔は、大輪の花を咲かせていた。
青、紫、白――。
「いいんです。もうすっかり、思い出しましたから」
そう、佳代子は呟いた。
――思い出したら、花開く。
佳代子は思い出したのだ。だから、朝顔は咲いたのである。きっと、そういうことなのであろう。
「……この花を咲かせてしまったことを、後悔していますか?」
鉢を受け取りながら、青年はそう尋ねた。
佳代子は首を振る。
「いいえ。……いいえ。だって私……」
口に出さない思いに気づいたのであろうか、青年は佳代子に真摯な瞳を向ける。
「僕は嬉しく思っているんですよ。お客様が、この朝顔を見事に咲かせてくださったこと。感謝しています」
そう言って、青年は微笑んだ。
「お客様、ご存知ですか。朝顔の花言葉」
「……いいえ」
首を振る佳代子に、青年はそっと言葉を落とした。
「『愛情の絆』と言うんです」
佳代子の体が小刻みに震えた。
『愛情の絆』。
佳代子はもう隆司からは逃れられない。
それは、隆司が怖いからではない。決してそれだけの感情ではなかった。長い年月を二人で過ごしてきたのである。そこには、確かな物も存在していた。
たとえ彼が犯罪者だったとしても。
未だ、自分を監視しているのだとしても――。
「ありがとうございました」
青年の声を背に受けて、佳代子はその店を出た。
ややあって振り返り、彼女は目を疑った。
ただこんもりとした、緑の茂みだけが、そこにひっそりと存在していた。
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