その奇妙な予感は

1/2
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

その奇妙な予感は

「行ってらっしゃい」  隆司を送り出して、佳代子はよし、と気合を入れた。専業主婦の一日目である。何もかも完璧にしなければならない。  洗濯機を回し、その間に軽く掃除機をかける。 「あ……そうだ」  朝顔。  夜は室内の方がいいだろうと思ったが、今は朝である。少しは日光を浴びせた方がいいのかもしれない。  佳代子はベランダを開け、鉢を移した。  朝の爽やかな光に照らされて、朝顔はその葉をつやつやと光らせている。 「水、は、朝のうちにがいいんだっけ……」  何しろ、今まで植物にはほとんど縁がない生活を送ってきたのである。もしかしたら、小学校の時に宿題で出された、朝顔の観察日記、以来かもしれない。  水を入れたコップを持ってくると、朝顔にぱしゃりとかける。水滴がきらきらと輝いて、宝石のような美しさであった。  佳代子は自らもベランダに出て、朝顔をじっくりと眺めた。  三本の支柱に絡まる、しっかりした蔦。少し斑の入った、ハート形のような葉。青と白の螺旋模様が綺麗な蕾。まだ、花は咲かないようだ。もうすぐにでも咲くかと思ったのだが、なかなか頑固者のようである。  ――この蕾、キャンディみたい。  そういえば、そんなことを言った友だちがいた。朝顔の蕾を指さして、キャンディみたいだね、と言った友人が。  佳代子は微笑んだ。確かに、朝顔の蕾はキャンディに似ている。  せっかくいただいたのである。綺麗に咲かせたいものだ。 「……じょうろ、買おうかな」  どのみち、夕飯の為に買い出しに行かないといけないのだ。そのついでにじょうろや、肥料も買おう。  蔦はこのまま伸ばしていていいのだろうか。成長したら、この三本の支柱ではとてもではないが支えきれない。 なにか、他に太めの支柱を買ってきて、それに誘導して……。 「あれ?」  今、頭に何かが過ぎった。  嫌な予感がした。不安とも言っていいかもしれない。指に出来たささくれのように、気にしなければたいしたことはないが、どうしても気になってしまう。そんな感覚に近い。  ――気のせいだ。  佳代子は微笑んだ。環境が変わって、それで、少しだけ不安定になっているのだ。そうに違いない。  洗濯機が、終了の合図を鳴らす。 「はいはい、今すぐ」  駆け寄って籠に移し、ベランダに洗濯物を干し始めるころには、あの嫌な予感のことなど、すっかり忘れてしまった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!