その奇妙な予感は

2/2
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「そうですね、水やりは朝と夜で、冷えてきたら室内に入れるのがいいと思います」  そう言って、店員は朗らかに笑った。  昼下がりであった。  買い出しを終えた佳代子は、あの花屋に立ち寄ってみたのである。いつものスーパにも、肥料やじょうろは売っていた。しかし、なんとなく、貰った場所で買うのが筋だと思ったのだ。  店は、明るい光の下で見ても、相変わらずジャングルのようだった。佳代子から話を聞いた青年は、小ぶりなじょうろと、肥料を見繕ってくれた。お礼を言って、ついでに育て方について聞こうと思ったのである。 「ああよかった。それじゃあ、私のやり方で合っているのね」 「ええ。ただ……」  店員は一度言葉を区切った。 「あの朝顔は、普通の方法では花は咲かないと思いますよ」 「えっ?」 「ああ、いえ。実は差し上げたあの株は、少し通常の花と違うのですよ」 「違う、というと……」  青年は微笑んだ。 「思い出したら、花開く」  歌うように囁いた青年に、佳代子は首を傾げた。  思い出したら、花開く――いったいどういうことなのだろうか。  青年は意味ありげに微笑むと。こんなことを訪ねてくる。 「お客様は、朝顔を育てた経験がおありですか?」  佳代子はきょとんとした。 「ええ、私は……」  小学校の時に、と、答えようとして、佳代子は次の句が継げなくなる。  そうだ、自分は朝顔を育てた経験がある。  そう、確か。  学校の宿題で。  朝顔。  蔓。  絡みついて。  手が。  まるで蔦のように。  絡みついて。  ――内緒だよ。  ――約束だよ。 「……さま。お客様?」  佳代子は目を瞬かせた。  目の前には、店員がいる。心配そうにこちらを見つめていた。 「どうされました?」 「ああ、いえ……」  佳代子は額に手を当てた。  今、何か、重要なことを思い出したような気がする。それと掴む前に消えてしまったが、忘れてはいけないようなことではなかったか。 「顔色が、すぐれないようですが」 「ええ。大丈夫……それじゃあ、また」  購入した品を持って、佳代子は店を後にした。ここに居てはいけない。一刻も早く家に帰って、いつもの日常に身を浸さなければならない。  そんな気がした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!