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「そうですね、水やりは朝と夜で、冷えてきたら室内に入れるのがいいと思います」
そう言って、店員は朗らかに笑った。
昼下がりであった。
買い出しを終えた佳代子は、あの花屋に立ち寄ってみたのである。いつものスーパにも、肥料やじょうろは売っていた。しかし、なんとなく、貰った場所で買うのが筋だと思ったのだ。
店は、明るい光の下で見ても、相変わらずジャングルのようだった。佳代子から話を聞いた青年は、小ぶりなじょうろと、肥料を見繕ってくれた。お礼を言って、ついでに育て方について聞こうと思ったのである。
「ああよかった。それじゃあ、私のやり方で合っているのね」
「ええ。ただ……」
店員は一度言葉を区切った。
「あの朝顔は、普通の方法では花は咲かないと思いますよ」
「えっ?」
「ああ、いえ。実は差し上げたあの株は、少し通常の花と違うのですよ」
「違う、というと……」
青年は微笑んだ。
「思い出したら、花開く」
歌うように囁いた青年に、佳代子は首を傾げた。
思い出したら、花開く――いったいどういうことなのだろうか。
青年は意味ありげに微笑むと。こんなことを訪ねてくる。
「お客様は、朝顔を育てた経験がおありですか?」
佳代子はきょとんとした。
「ええ、私は……」
小学校の時に、と、答えようとして、佳代子は次の句が継げなくなる。
そうだ、自分は朝顔を育てた経験がある。
そう、確か。
学校の宿題で。
朝顔。
蔓。
絡みついて。
手が。
まるで蔦のように。
絡みついて。
――内緒だよ。
――約束だよ。
「……さま。お客様?」
佳代子は目を瞬かせた。
目の前には、店員がいる。心配そうにこちらを見つめていた。
「どうされました?」
「ああ、いえ……」
佳代子は額に手を当てた。
今、何か、重要なことを思い出したような気がする。それと掴む前に消えてしまったが、忘れてはいけないようなことではなかったか。
「顔色が、すぐれないようですが」
「ええ。大丈夫……それじゃあ、また」
購入した品を持って、佳代子は店を後にした。ここに居てはいけない。一刻も早く家に帰って、いつもの日常に身を浸さなければならない。
そんな気がした。
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