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その奇妙な思い出は
「お、今日は豪勢だな」
隆司は食卓を前にすると、相好を崩した。
コーンスープに、切って焼いたフランスパン。マッシュポテトに、手ごねハンバーグ。付け合わせのサラダにはお手製のドレッシングがかけてある。
赤ワインも用意した。勿論、自分は飲めないので隆司の分だけだ。
「うん。……ほら、仕事辞めて、最初の日だから」
そう言うと、隆司は目じりを下げて笑った。
「食べましょ、冷めちゃう前に」
「そうだな」
向かい合って椅子に腰かけ、舌鼓を打つ。
出来は上々であった。マッシュポテトはなめらかな口触りで舌の上で溶けていったし、ハンバーグはふっくらとしていながらジューシーで、作った本人の佳代子ですら快哉を挙げたくらいだ。
隆司は赤ワインを開けて、上機嫌である。
「そういえば」
顔を赤らめたまま、隆司はそう言った。
「あの朝顔、どうしたんだ?」
「あっ」
しまった。忘れていた。
佳代子は慌てて立ち上がり、ベランダに向かう。がらりと開けた外からは、冷たい風が流れ込んできた。随分と寒い。秋が近いのだ。
朝顔は、大丈夫だろうか。
ベランダに出て、鉢を持ち上げ、佳代子はひやりとした。
鉢は、すっかり冷え切っていた。朝はあんなに生き生きとしていた緑色も、すっかり萎れかけてしまっている。
あまりのことに、佳代子は暫くその場から動けなかった。開け放しの窓からは、ひっきりなしに風が吹きこんでくる。このままにしたら、身体が冷えてしまう。早く、鉢を中に入れて、窓を閉めて……分かっていても動けなかった。
「ああ、こりゃあ……」
隆司が、ひょいと部屋から顔を出す。そのままベランダに出て、佳代子の手から鉢を取り上げた。
「早く、入りなさい」
「……はい」
急かされて、佳代子は部屋に戻った。その後ろでぱしゃりと音がする。窓が閉められたのだ。
振り返った佳代子の目に移ったのは、鉢を抱えた夫の姿だった。そのまま隆司はリビングに鉢を持っていく。
佳代子は、またあの嫌な予感が蘇ってくるのを感じていた。
朝顔。
鉢。
隆司の手に抱かれて――。
「おい、大丈夫か?」
肩を軽く揺すられて、佳代子は瞬きを繰り返した。隆司だ。その肩越しに、朝顔がちらりと見える。
「佳代子」
肩に置かれた手が、するすると佳代子の体を滑り落ち、腰までくると、そのままぐっと抱き締められた。
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