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アイちゃん。そう、仲が良かったのだ。朝顔を一緒に持って帰って。
――思い出した……。
自分は確かに、朝顔を育てたことがある。小学生の時に、夏休みの宿題があったのだ。朝顔の観察。それで、ひとりに一株ずつ、学校から配られたのである。
「朝顔って、お菓子の国の植物みたい」
そういって笑ったのは、アイちゃんだった。家も近く、歳も同じ二人は、幼稚園からの仲良しだった。
「お菓子の国?」
「そう、ほら、葉っぱがハートみたいだし、蕾がさ、キャンディみたいじゃない?」
「ほんとだ!」
「帰ったら一緒にお絵かきしようよ! 朝顔の絵、描こう!」
「うん。じゃあね!」
そう言って別れた、一学期最後の日。急いで帰宅して、自分の朝顔を置いて、色鉛筆を持って、アイちゃんとの待ち合わせの公園に行ったのだ。
けれども、待てども待てども、アイちゃんは、来なかった。
それで、佳代子はアイちゃんを探しに行ったのである。
もう夕暮れも近い時分であった。
公園の周りをぐるりと回る。カラスがかあと鳴いた。まだ日は高いが、あと数分もしたら、五時のチャイムが鳴るだろう。そのくらいの時間……だったはずだ。
公園の裏手は、少し鬱蒼とした林になっていた。
そこに、居たのである。
アイちゃんは。
こてんと首をこちらに向けていた。
アイちゃんに覆いかぶさるようにして、男が。
アイちゃんの、細い、首に。
男の手が。
まるで蔦のように。
朝顔が、土に零れて、笑っている。
アイちゃんは――。
男が、こちらを見た。
――内緒だよ。
「痛っ……」
頭が痛い。差し込むような頭痛に、佳代子は体を九の字に折った。
霞む視界に、朝顔が映った。
花が、綻びかけている。
キャンディが、その包み紙を剥がすように、ゆっくりと、ゆっくりと。
花が、咲く。
――内緒だよ。
「アイ、ちゃん……」
目の前が、白くなっていく。
遠のく意識の中で、佳代子は確かに、誰かの、足音を、聞いた気がした。
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