死を売るお店

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 その奇妙な店は、昼間だというのに薄暗い路地の奥にあった。  陰鬱な気分で歩いていたとあるサラリーマンは、その路地にふらりと入り込み、店の前で立ち止まった。  店に出ている看板は、雨のせいか汚れのせいか、黒ずんでおり字は読めない。  何の店かはわからないが、店の入り口の前に立て掛けてある板には、こう書かれていた。 「死をお売り致します」  書かれていた文字を読み上げたサラリーマンは、猫背のまま虚ろな目で店の窓を覗きこむ。  しかし、窓も汚れていて、中をうかがうことが出来ない。  汚れごしには店の光が漏れてこず、店は営業してないかに見えた。 「でも、オープンの札は出てるな……」  店の扉にはオープンと書かれた札が掛かっていた。  ならば営業はしているはずである。  いったん店の外観が眺められる場所まで下がって、サラリーマンは板に書かれた文字を、心の中で何度も何度も反芻した。 「死を買えば……」  暗い眼差しで板をジッと見続けるサラリーマンは、ボソリと言葉を漏らした。 「死を買えば……」  それだけをブツブツと繰り返し呟くサラリーマンは、仕事での出来事を思い出していた。  なれない営業。  傲慢な営業先。  理不尽に怒鳴る上司。  仕事を押し付けてくる同僚。  飲み会になど誘われず、会社で囁かれる悪評。  終わらぬ仕事に、当たり前のように続く残業。  ただただ会社と自宅を往復するだけの毎日。
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