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ここで安いカップ麺を買ってみんなで食べる時は、お店のおじいさんがいつも、やかんにお湯をわかして注いでくれていたっけ。
「昔はここに、駄菓子屋さんがあったんですよ」
懐かしくなって、そう話しかけると「あのおじいさんね」とお姉さんは笑った。
「ここを借りる時に、一度会ったよ。気のいいおじいちゃん」
「そうそう」
笑みがこぼれてくる。お菓子のおまけをしてもらったことも、一度や二度ではない。駄菓子のおいしい食べ方や、昔の遊びなんかもたくさん教えてもらったものだ。
「お元気でしたか?」
「ちょっと前に、病気をしたって言ってたけど、元気そうだった」
思い出話に花を咲かせていると、お姉さんは、真っ黒な液体を注いだカップを、「どうぞ」と私の目の前に置いてくれた。
水色地に白いドットの、あたたかみのあるマグカップ。ファミレスのドリンクバーのコーヒーカップとは全然違う。
お姉さんはもう一つ、オレンジ地に白いドットのマグカップに、その液体を注いだ。
「これがタンポポコーヒー。飲んでみて。熱いから気をつけてね」
冷たい指先に、マグカップの熱さが心地いい。ふうふうと冷ましてから、おそるおそる口をつけてみる。
湯の熱が舌を刺す。その中に感じるほろ苦さと、すっきりした口当たり。
「コーヒー、なんだけど、何だか……」
ふふ、とお姉さんが笑った。
「焙煎したタンポポの根を煮出して作ってあるんだ。カフェインが入っていないから、カフェインがだめな人でも飲めるコーヒーとして有名なんだよ」
「本当にコーヒーみたい……」
もう一口。かすかな甘さが口の中に広がる。あたたかさが喉から滑り落ちていく。
「そこの小さなカンテラ、あのおじいさんのなんだ」
お姉さんが指差したのは、カウンター席の右端に置かれていたランプ。四角張った金属製の檻のような枠の中に、ガラスでできた容れ物がある。丸い取っ手が倒れていたけれど、その中ではほんのりとオレンジの炎の色が灯っていた。
「時間ある? よかったら一つ、このカンテラの話を聞いていかない?」
ちらりと腕時計に目をやった。八時十七分。充分だ。夜はまだまだ長い。
「ぜひ」
お腹のあたりでじんわりしている、タンポポコーヒーの温かさに気持ちがほぐれる。にっこり笑うと、お姉さんも微笑みを返してくれた。
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