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……なんて、やりきれない事件だろう。優月が善意で起こした行動が椿姫を長年苦しめ、その過去が、実紗希にまでつらい思いをさせる結末を生んでしまった。些細なすれ違いの連続が連鎖的に悲劇を起こしてしまったのだ。過去に正しいも間違いもないが、ほんの少しの違いでこの悲劇は回避できたのかもしれない。もしも優月が生きていたら、こんなことには……。
「……?」
伸司はふと椿姫の後ろを見て、美術室のドアに付いたガラスに、人影が映っていることに気がついた。
……まさか! 伸司は飛び出すように動いて、そのドアを開いた。
「あっ……」
ドアのすぐ外に立っていたのは、実紗希だった。しまった、迂闊だった……! こんなに早く保健室から戻ってくるなんて……。
「……聞いていたのか?」
「…………」
実紗希はゆっくりと頷く。そして伸司の後ろの椿姫へ向かって言った。
「お姉ちゃん……。さっき先生としてた話……嘘だよね?」
「あ……」
「最初から全部わかってたなんて、嘘だよね……? あたしが優月さんの代わりだったなんて……嘘、だよね」
「あ……ああ……」
椿姫は狼狽するばかりで、実紗希の問いに答えられない。それを見た実紗希は、大粒の涙を流して、廊下の向こう側へ駆け出していってしまった。
「実紗希! ……お、おい! あんた、追わなくていいのかよ!?」
椿姫は憔悴した様子で言う。
「私には……あの子を追いかける資格なんてない」
「……じゃあ、誰があの子を追いかけてやるんだよ」
「…………」
「……くそっ。今回限りだぞ」
こういうのは柄じゃないってのに……。
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