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伸司は優月が失ってから半年ほど、探偵の仕事を休業していた。その半年は死んでいないというだけで、生きているとも言えない時間だった。
理事長はリハビリ代わりとして用務員のバイトを紹介してくれたのだった。元の用務員が腰痛の治療で長期休暇を取ったらしい。貯金も底をついていたし、休業明けしたところですぐに探偵の依頼が来るわけでもないのでやむなく引き受けたのだ。その仕事先で、まさか優月の過去に触れることになるとは思いもしなかったが……。
赤い鮮やかな髪を持つ少女は、照れたように笑う。
「あんまり、その名前好きじゃないんだよね。志野美夜子……死の都、なんだか縁起が悪いでしょ?」
「良い名前じゃねぇか。古風で綺麗で……俺は好きだよ」
「そっか……ありがと」
美夜子はそう言って軽く肩をすくめると、伸司の顔を指さして、
「ねぇ。煙草、意味あるのそれ?」
雨に濡れた煙草は、たっぷり水気を吸って折れ曲がってしまっている。
「いいんだよ。これで」
思えば、あの日……優月と路地裏で初めて出会ったときも、雨が降っていて……こんな風に煙草を咥えていた。
「あのさ、先生」
「だから、先生じゃねぇって」
「いいの。あたしにとっては先生だし。それに、探偵さんも先生って呼ばれるでしょ?」
「殆ど呼ばれたことねぇけどな……」
まぁ、呼び方なんかどうでもいいか。
「で、なんだって?」
美夜子はやや遠慮がちな微笑みを浮かべて言う。
「先生は……あたしが優月さんに似てたから、色々協力してくれたの?」
「……そうだな。最初は、似ている気がしたからだったかもな」
「そう……そうだよね。そうじゃなかったらあたしなんか……」
「……でも、最初だけだ。今は違う」
「え……?」
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